事件名 |
遺産分割申立事件,寄与分申立事件 広島家庭裁判所呉支部平成22年(家)第38号,平成22年(家)第77号,平成22年(家)第141号 平成22年10月5日審判 |
相手方Eの寄与分:否定 |
1 相手方Eは,「相手方Eは,○□に転居するまでの平成10年から平成17年までの間,頻繁に山梨から○□に赴き,家事の手伝いをしたり,被相続人G及びHの介護をしたりした。これは寄与分として認められるべきである」旨主張する。 しかし,まず,平成10年からHが死亡する平成13年までについてみると,相手方Eは,居住地の山梨県から交通費をかけて○□を訪ね,被相続人GやHの家事を手伝ったことは認められるけれども,その間,Hが入院する程の重篤な状態にあったわけではないことが認められ,被相続人Gの健康状態も比較的良好であったことからすれば,相手方Eのした家事の援助は寄与分が認められるほどの療養看護に当たるとはいえない。また,この間,相手方Eが被相続人Gに金銭的な援助をした事実もない。 次に,平成13年から平成17年までについてみると,Hが死亡してから平成15年×月までは,被相続人Gは,相手方Fと生活し,家事をするなど元気な状態であった上,その後も相手方Eが○□に転居してくるまでのほとんどの間,被相続人Gは,自立した生活をしていた。この間,被相続人Gは,平成14年に2か月程度,平成15年×月に20日程度,入院生活を送ったが,その際,相手方Eは,「毎日病院に通って,差入れなどをした。○□に滞在中,自らの負担で,被相続人Gの夕食を作るなどした。」旨述べるが,これをそのまま信用することはできないし,一定の介護的な援助をしたことが認められるとしても,それは親族間の協力にとどまり,寄与分が認められるほどの療養看護とまで評価できるものではない。 2 相手方Eは,被相続人Gの身上の世話をするため,多大な金銭的犠牲を払って○□に転居した旨主張する。確かに,相手方Eは,平成17年×月,被相続人G所有の土地(目録3の土地)上に家屋を建て,これに家族共々居住するようになったことが認められる。しかし,このこと自体は,遺産の維持,形成に寄与するものでなく,むしろ,上記土地を他人所有家屋が存在する土地に変化させたものであり,その限度では,遺産の財産的価値を減少させる行為といえる。 3 相手方Eは,「被相続人Gは入院する1か月前まで車を運転し,毎日自分でスーパーに行って食材を買い,昼食は自分で作り,店にも出ていた。通院も自分でしていた。相手方Eは,朝と夕方被相続人G宅に行き,朝はパンを焼いたり簡単な朝食を作ったり,夜は夕食を差し入れたりしていた。時々は,被相続人Gが相手方E宅を訪ね一緒に食事をすることもあった。」旨述べている。上記のような相手方Eの供述を前提としても,それは親族間の協力にとどまり,遺産の維持,形成に対する寄与には当たらない。 |
相手方Fの寄与分:肯定 |
以上の認定事実,特に被相続人Gの遺産は,主に行商や呉服店の営業収益を原資とするものであったこと,相手方Fは,約30年間にわたり,上記の行商や呉服商の手伝いをしてきたが,被相続人GやHから上記認定の生活維持費の負担や遊興費の交付は受けていたものの,上記就労に見合うほどの対価の支給は受けていなかったこと,相手方Fが取得すべき障害者年金はHが保管し,あるいは費消し,それが被相続人Gの遺産形成の一助になったものと推認されること,目録5の建物は被相続人Gが貯めていた手持ち資金で建築したものであり,この資金の形成には相手方Fの就労や年金が一部貢献したものと推認されること等の点のほか,相手方Fは,交通事故による障害から,眼鏡を使用しても視力は0.05程度で,片足は義足であり,漢字の習得がほとんどできていないなど読み書きの能力が劣っていたのであり,このような点から,その就労には自ずと制約があったものと推認されること等の点を総合勘案すると,相手方Fについては被相続人Gの遺産形成について寄与があったものと認め,その割合を相続財産(相続開始時の価額合計額3341万6767円)の20パーセント(668万3353円)とするのが相当である(1円未満切り捨て。以下同じ。)。 上記合計額から上記寄与分額を控除すると,2673万3414円となる。 |
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